2009年07月04日

3代太武帝による廃仏ののち

3代太武帝による廃仏ののち、歴代の皇帝は仏教を篤く信奉し、5世紀末から6世紀初めには雲崗や龍門といった巨大な石窟寺院が開かれ唐代と並ぶ中国仏教の最盛期を迎えた。第4代文成帝が僧官曇曜(どんよう)の建言によって平城近郊の岩場に建立した、いわゆる「曇曜五窟」(雲崗石窟の第16?第20窟)では、肉体や衣服の表現にガンダーラ、グプタといったインド仏教美術の影響が色濃く残っている。

石窟寺院では洞窟の内部に仏像や仏塔を彫り、周囲を壁画やレリーフで装飾する伽藍形式が広く隆盛し、仏教文化は中国に広く浸潤していくこととなった。
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第6代孝文帝は洛陽に遷都すると急速な漢化政策を推し進め、洛陽郊外に龍門石窟を造営した。龍門石窟には北魏代のものと唐代のものが存在するが、北魏代の伽藍である賓陽中洞では、漢風の伝統が重んじられ、細く切れ長の目やなで肩、首のたるみなど象徴主義的な表現が見られるようになる。写実性を排した中国風の仏像はここに完成を見、広く東アジア諸国に伝播していった。
元の姓は「拓跋」であったが、孝文帝の漢化政策によって中国風の姓である「元」に改めた。

太祖道武帝(拓跋珪、在位:398年 - 409年)
太宗明元帝(拓跋嗣、在位:409年 - 423年)
世祖太武帝(拓跋燾、在位:423年 - 452年)

2009年06月14日

対応するエンジン形式による分類

自動車やオートバイ用のエンジンオイルは、以下の3種類に大別することができる。

4ストロークガソリンエンジン用オイル
ガソリンを燃料とする4ストローク機関に対応したエンジンオイル。エンジンの使用経過により性能が低下する為に、一定期間ごとに全量を交換するのが一般的整備方法となる。後述する2ストロークエンジンが、自動車排出ガス規制等により一般的でなくなってきている現在では、通常「エンジンオイル」といえばこのタイプを指すことが多い。なおこのタイプは基本的にレシプロエンジン用であり、燃焼行程でオイルが燃えて減りやすいロータリーエンジンには専用のものもある。
2ストロークガソリンエンジン用オイル
ガソリンを燃料とする2ストローク機関に対応したエンジンオイル。4ストロークと違い、2ストロークではエンジンオイルは燃料(ガソリン)と混合され燃焼してしまう為に、交換せずに補充するのが一般的整備方法となる。一般的な自動車やオートバイ用の2ストロークエンジンでは、エンジンオイルを溜めておくオイルタンクがあり、エンジン回転数等の条件にあわせた量がオイルポンプで自動的に混合気に混ぜられる。一部ではそういった自動供給機構がなく、あらかじめガソリンに一定の比率で混ぜておく必要があるエンジンもある(一部のオートバイやチェーンソー用エンジン等)。ちなみに、前者の方式を「分離給油」、後者の方式を「混合給油」と呼ぶ。いずれにせよ、2ストローク用エンジンオイルはガソリンに混ぜて使われるので、ガソリンとの混ざりやすさも重要な性能の一つである。なお自動車やオートバイにおいては、2ストロークエンジンを搭載する車種が排出ガス規制により減少の一途を辿っており、一般的でなくなりつつある。
ディーゼルエンジン用オイル
ディーゼルエンジンに対応したエンジンオイル。燃料や燃焼の仕組みの違いから、4ストロークガソリンエンジンとは違う特性が必要とされ、専用のものが用意される。ただし、一定期間ごとに交換する点などは4ストロークガソリンエンジン用と同じである。以前、排出ガス規制など環境関連の規制が緩かった時代には4ストロークガソリンエンジンと共用できるものも存在したが、本来はその性能を表わす工業規格も別であり、原則として共用はしない。

エンジンオイルは製法などにより次のように分類される:

鉱物油(ミネラル)
石油を精製する過程で得られるもの。分子量などは厳密にそろえることができないが比較的安価に製造でき、一般的にはこれが多用される。ナフテン系とパラフィン系があり、一般的な鉱物油は中近東から産出されるナフテン系が使用されている。パラフィン系はアメリカ・ペンシルベニア州などから産出されるものが有名だが、産出量が非常に少なくあまり販売されていない。また、ペンシルベニア産のオイルだと偽り、他国のオイルを販売しているケースもあるので注意が必要である。ただ、現在では精製技術が向上し、パラフィン系油田やナフテン系油田といった原油の産地で品質の良し悪しは決まらない。製品となるエンジンオイルは全てパラフィン系オイルになる。また、鉱物油を原料として高度水素化分解(ハイドロクラッキング)した物を化学合成油(一般にVHVI油と呼ばれるもの)としているが、本来の合成油とするか論議は分かれている。日本では化学合成油として扱うことが多いが、欧州などでは化学合成油として認められていない。しかし、性能的にはPAO等の性能に近く、また比較的安価に出来る事から利用が増えている。
部分合成油(セミシンセティック、パートシンセティック)
鉱物油や高度水素分解油にPAOやエステルを20%前後混合し、100%化学合成油に近い性能を安価に提供できる。元々、鉱物油に化学合成油を一部でも混ぜたものに対してこの名称が用いられていたが、ほぼ鉱物油であるものに対してもこの名称が用いられることもあったため、業界の自主規制として現在では化学合成油が20%以上含まれたもの以外には使用されてはいない。
化学合成油(シンセティック)
スノーボード
ベジタリアニズム
キャラクター
絵画
甲殻類
潮干狩り
相撲
就学前教育
月経
緩歩動物
エイズ、HIV感染
信越地方
切り絵
鳥類
新婚旅行
盆栽
夜景
御節料理
カーナビゲーション
里山


PAO(ポリアルファオレフィン)は石油からナフサを分留し、エチレンとし化学的に分解・合成しなおして、成分や分子量を一定にしたもので、製造コストが高いが、性状を比較的自由に設定でき、せん断安定性に優れる。
エステルはポリオールエステル、ジエステル、コンプレックスエステルなどがあり、動植物の脂肪酸とアルコールを化合して生成される。酸素の分子をもつためマイナスの極性を持ち、金属表面に吸着する効果がある。しかし、コストが高く、寿命も短い傾向のため一般的ではない。
フィッシャートロプッシュ製法による基油。 原油価格高騰のために単価としては石油よりも安価な天然ガス(GTL)から作られる製品も増えてきている。

エステル系とPAO系では化学合成油としては同一視されるが、化学的安定性や粘度抵抗などに大きな違いがあり性質的には全く別物である。一般的には化学的安定性の非常に高いPAOに粘度抵抗の小さいエステル系を一部混ぜ合わせる形で基油として用いられることが多いが、サーキット走行用に100%エステル系を使用したオイルも存在する。

2009年05月29日

アンティステネス

アテネに生まれ、トラキア人の母を持つ、哲学におけるキュニコス派の祖として知られる哲学者である。弟子にディオゲネスがいる。
彼は若い頃、ゴルギアスの下で修辞学を学び、またおそらくはヒッピアスとプロディクスの下でも学んだ。元々は恵まれた環境に育ったが、後に貧困に苦しんだと言われている。ただしこれは、彼がソクラテスの影響を受けるようになり、献身的な市民になった、ということであるとも言えるかもしれない。

彼はソクラテスの言葉を聴きたい一心で、ピレウスからアテネへと毎日徒歩で通っており、また自身の友人たちにも共に来るように薦めていたといわれる。ソクラテスの言う善のイデアに対する熱意から、Cynosargesに自分の学派を設立した。彼の生き方の質素さや教え方から、彼のもとには多くの貧しい人々が集うようになった。彼は、世界を高貴であったり壮麗であったりするものではないと考え、袖なしの外套のみを纏い、哲学の象徴として杖一本とずだ袋一つだけを所持していた。彼の追随者はみなこの装いを真似るようになったが、あまりにもこれ見よがしであったため、ソクラテスは彼を次のように非難した。「おおアンティステネスよ、私には外套の隙間から君の自惚れが見える」。
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ディオゲネス・ラエルティオスによれば彼の著作は十巻になるが、現在ではそのうちの断片しか残されていない。彼が好んだ叙述形式は対話篇であり、ここにも若き日の修辞学的訓練の影響が見られる。アンティステネスは、アリストテレスによれば無教養で単細胞であるとされ、またプラトンによればディアレクティケーの困難さに対して無駄な努力をしているとされている。ただし、これらの評価は、学派間の張り合いによって少なくともいくらかは脚色されていると思われる。アンティステネスの著作にはソクラテス哲学の重要な一側面が表現されており、またCyrenaicやIgarianとの比較がなされるべきであろう。

マルクス・アウレリウスは『自省録』(2世紀後半)の中でアンティステネスを引用し、「善をなしながら粗末に生きることは素晴らしい」としている。

2009年04月25日

バーブル勝利の理由

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バーブルが10万の兵をわずか1万で破ったのは、鉄砲を有効に用いたからであったとか、強力な騎兵隊を編成していたためであると言われている。バーブルは1520年代に入ってからアフガニスタンやインドでの戦闘で、攻城戦などに火縄銃や各種の大砲の部隊を積極的かつ組織的に投入しており、これら銃火砲を専門に扱うアミールや職人たちに大砲や銃の鋳造、購入、部隊編成を行わせている。パーニーパットの戦いでのバーブルの勝利は、インドにおける銃火砲の本格的移入を告げる記念碑的な事件であり、1514年のチャルディラーンの戦いにおけるサファヴィー朝に対するオスマン朝の勝利と比肩されるものである。バーブルは職人などをサファヴィー朝とオスマン朝の係争地であったアナトリア方面から、おそらくサファヴィー朝経由で銃火器製造の職人やアミールを招聘していたと見られている。それまでラージプート政権や他のムスリム政権では銃や大砲などの使用がほとんど知られていなかったようであるが、パーニーパットの戦いに代表されるバーブルの積極的な使用以降、インドでの戦闘に銃火砲が多く投入されるようになった。

「バーブル」の名は、勇敢であった『ライオンやヒョウ、トラなどのネコ科の猛獣の総称』を意味するものであるが、バーブルはその名の通り、勇猛果敢で豪胆な人物であった。また彼はチャガタイ語やペルシア語の詩文に秀で、『詩集』や自伝である『バーブル・ナーマ』と通称されるチャガタイ語文学の傑作を残している。また、従兄弟にあたる歴史家ミールザー・ハイダルなどの文人や学芸の保護にも積極的で、インドにおけるペルシア語文芸を本格的に根付かせたのはバーブルの功績が大きい。
皇子フマーユーンが重病に倒れた折、宮廷の占い師は、バーブルに『一番大切なものを諦めれば、皇子の命は助かる』と進言し、バーブルが寝床の周りを3度歩き回ってフマーユーンの回復を祈ると、今度はバーブルが病気になり、そのまま死亡したと伝えられる。
食卓にマスク・メロンが出ると、生まれ故郷の中央アジア恋しさのため涙を流したという。

2009年04月09日

コーヒーショップ (オランダ)

オランダにおけるコーヒーショップ ( Coffeeshop ) とは、個人使用のための大麻を販売している小売店のことである。地方自治体により認可されている。

オランダにおける喫茶店は、コーヒーハウス ( Koffiehuis ) である。"Coffeeshop" と公示している施設は、主として大麻や場合によってはオランダの薬物政策のもとで容認されている他の物質の、販売事業をしている可能性が高い。

オランダにおいて大麻の販売は当局により容認されており、以下の規則にしたがっている施設は法による執行が行われない。これらの規則を AHOJ-G 基準と言う。

A ("geen affichering") 宣伝を行わない。
H ("geen harddrugs") 店舗内でハードドラッグを販売しない。
O ("geen overlast") 公衆に迷惑をかけない。
J ("geen verkoop aan jeugdigen") 未成年(18歳未満)への販売を行わない。
G ("geen verkoop van grote hoeveelheden") 分量上限(5グラム)を超えた売買取引を行わない。
広告とアルコールを例外として、これらの規則は非常に厳格に管理・監視されている。これらを違反すると事業者は3ヶ月間の業務停止処分を受ける可能性があり、その他の理由により廃業処分を受ける可能性がある。また、コーヒーショップは500gを超える在庫を持つことができない。コーヒーショップは大麻の販売は許可されているが、購入は許可されていない。この矛盾は現在も継続しており、2006年1月現在、これを改善するための法が提議されている。

「グリーンハウス・セントラム」と「ダンプクリング」などの少なくとも2店舗は、大麻とは異なるカウンターで酒を販売していると考え方のもとで、酒の販売が許可されている。直接的な広告についての公式禁止の結果として、コーヒーショップは大抵、赤・黄・緑のエチオピアの国旗、又は、ラスタファリ運動の他のシンボルを掲げて、大麻を販売していることを示している。未成年者へのソフトドラッグ(マリファナやハシシなどの大麻製品)の販売もしくは、ハードドラッグ(大麻製品以外のドラッグ)の販売を行っている店は、いかなる店であってもただちに閉鎖される。大麻と大麻を含有する食品は、不測の摂取を予防するために、通例明確に同一視される。

これらの制度は、汚染のない、そしてそれゆえ比較的安全な大麻製品を供給している。

それぞれの地方自治体が、コーヒーショップに対する政策をそれぞれで公布し、また閉鎖させる権限を有している。幾つかの自治体では、コーヒーショップを許可しないいわゆる「ゼロ政策」を取っている。それらの自治体の大部分は、「厳格なプロテスタント系政党が議会の多数を占めている」、もしくは、「ベルギーやドイツの国境に隣接している自治体がそれらの国からのドラッグ旅行者を望んでいない」のどちらかである。

歴史 [編集]
最初のコーヒーショップ 「メローイエロー」は1972年、アムステルダムに開店した[1]。このコーヒーショップは当初仲間内による販売のみを行っていたため、小売店と言えるかどうかは議論の余地があるものの、最初に登場したコーヒーショップと言われている。当時、オランダアヘン法 ( Opiumwet ) のもとで大麻は規制物質であり、また、売買などは非刑罰化されていなかったが、警察による取り締まりは行われなかった。1975年には「ブルドッグ」が2番目のコーヒーショップとしてアムステルダムに開店。1976年にはオランダアヘン法の改正により、ソフトドラッグとハードドラッグの区分が行われ、コーヒーショップによる大麻の売買は制限付きで非刑罰化された。また、1979年には、コーヒーショップを規定するガイドラインが制定され、AHOJ-G 基準が策定された。これにより、コーヒーショップの店舗数はますます増加していった。

1999年、アヘン法が改正され、ダモクレス法 ( Wet Damocles ) が条項に加えられた。以前では、地方自治体の長にはコーヒーショップを閉鎖する権限がなく、コーヒーショップの閉鎖を望む場合は AHOJ-G 基準からの逸脱を司法に訴えるという方法しかなかった。しかし、ダモクレス法により地方自治体の長に、AHOJ-G 基準からの逸脱がなくともコーヒーショップを閉鎖させることができる権限が与えられた。

1997年にコーヒーショップは国内に1179店舗あったが、1998年から店舗数は減少に転じ[2]、2005年までには729店舗に減少している[3]。これは、保守連合政権からの圧力に起因している[4]。また、多くの自治体による「ゼロ成長」政策は、コーヒーショップの新設許可に影響を及ぼしている。この政策は、コーヒーショップの新設を不認可とすることにより、徐々にコーヒーショップの数を減らしている。2005年現在、105の地方自治体にコーヒーショップがあるものの、これは地方自治体全体の22%である

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2009年03月25日

大きさや性能が適当であったため

本系列は、大きさや性能が適当であったため、民間に払い下げられたものも多い。行方のわかっているものだけでも、500形14両、600形34両、700形9両に及ぶ。

503(1940年):八幡製鉄所
508(1933年):播丹鉄道
510(1928年):三好鉱業→日本製鉄遠賀鉱業所
511(1926年):南樺鉄道
512(1926年):南樺鉄道
513(1928年):湘南電鉄(建設用)
514(1928年):湘南電鉄(建設用)
515(1928年):東京市場運送→三井鉱山三池港務所→三井鉱山美唄鉱業所
526(1940年):八幡製鉄所
535(1934年):播丹鉄道
541(1934年):播丹鉄道
539(1936年):江若鉄道
555(1933年):播丹鉄道
560(1935年):播丹鉄道
600:水戸電鉄→磐城セメント(住友セメント四ツ倉工場)
603:江若鉄道
604:昭和人絹(呉羽化学)
607:朝鮮
608:京都市中央市場→篠山鉄道→高知鉄道
612:江若鉄道
617:尼崎製鉄
618:呉羽化学
620:中国鉄道→再買収→水島鉄道
621:耶馬渓鉄道
622:耶馬渓鉄道
623:湊鉄道
625:日清紡績
626:湊鉄道
629:日東紡績
630:江若鉄道
631:湊鉄道
633:北九州鉄道→再買収
635:江若鉄道
637:日本沃度→日本水素
646:昭和人絹
647:昭和人絹
648(1928年):阪和電気鉄道(建設用)→日本曹達二本木工場
656:島原鉄道(1号機関車との交換)
658:三菱鉱業鯰田坑
662:江若鉄道
663:江若鉄道
664:江若鉄道
665:江若鉄道→阪和電気鉄道(建設用)
666:阪和電気鉄道(建設用)
671:耶馬渓鉄道
673(1927年):秋田鉄道→再買収
674:江若鉄道
676(1929年):湊鉄道
677:阪和電気鉄道(建設用)
701(1926年):北総鉄道
702(1926年):北総鉄道
703(1927年):小田原急行電鉄(建設用)
704(1927年):鶴見臨港鉄道→北支製鉄
706(1930年):播丹鉄道
708(1936年):小倉鉄道
709(1936年):三河鉄道→名古屋鉄道
711(1936年):小倉鉄道→再国有化→防石鉄道
717(1930年):川崎埠頭(東洋埠頭)

450形 [編集]
450形は、1897年アメリカ・ブルックス・ロコモティブ・ワークス製のA8系(製造番号2784-2787)である。運転室の深い屋根や蒸気ドームの形状など、デザイン上は同社製の特徴を備え、ボイラー上の砂箱や弁装置にスチーブンソン式アメリカ形を採用するなど、多分にアメリカナイズされ、一見別の形式のように見えるが、各部の寸法の特徴はは紛れもなくA8系であった。和歌山線の前身である紀和鉄道が、1898年の開業用に用意したもので、紀和鉄道ではA1形 (1-4) と称したが、同社が1904年8月に関西鉄道に買収されたのにともない、形式81「友鶴」(ともづる)形 (82-85) となった。

1907年の関西鉄道国有化後に実施された改番では、450形 (450-453) となり城東線(現在の大阪環状線の一部)で使用されたが、1917年に450-452が筑波鉄道の開業用に、453が樺太庁鉄道に譲渡された。筑波鉄道に移った3両は同社の1-3となったが、使用成績はあまり良くなかったようである。1924年から翌年ごろにかけて新製機関車購入の際に下取りに出され、汽車製造の所有となった。3両は、工場内の入換用として使用されたが、結局ここでも持て余されて売りに出されたものの、買い手が付いたのは3のみで、残りの2両は解体された。この3は、1928年に胆振鉄道(後の胆振線の一部)の建設用に転じて同社の1となり、胆振縦貫鉄道へ合併によって同社へ籍を移したが、その後は喜茂別の日鉄鉱業専用線に譲渡され、戦時買収の対象とはなっていない。同線では、1955年頃まで使用され、解体された。

一方、樺太庁鉄道に転じた453は、汽車製造(推定)で水タンクや炭庫、運転室などの大改造を受け、大幅に形態が変わった。その後、樺太鉄道に譲渡されて同鉄道の建設用に使用され、1936年から休車となっていた。1943年(昭和18年)の南樺太の内地編入にともない、再び国有鉄道籍となったが、終戦直前の1945年(昭和20年)に廃車された。


主要諸元 [編集]
全長:10516mm
全高:3607mm
軌間:1067mm
車軸配置:2-4-2 (1B1)
動輪直径:1321mm (4'4")
弁装置:スチーブンソン式アメリカ型
シリンダー(直径×行程):356mm×508mm
ボイラー圧力:9.8kg/cm?
火格子面積:1.11m?
全伝熱面積:67.2m?
煙管蒸発伝熱面積:61.3m?
火室蒸発伝熱面積:5.9m?
ボイラー水容量:2.5m?
小煙管(直径×長サ×数):44.5mm×2927mm×150本
機関車運転整備重量:36.41t
機関車空車重量:27.10t
機関車動輪上重量(運転整備時):21.79t
機関車動輪軸重(最大・第2動輪上):11.07t
水タンク容量:4.53m?
燃料積載量:2.24t
マクロ ロード ナビビラ 地中海 フロー ワダン リグベーダ 探険隊 クロス テレキ シルエット メイン キュリーズ ファイト フロー ターキ 草競馬 ブロイ オフテン タオル ダイアリー ビルト ビヤマグ ビードロ ローシップ ウーマンパワー グルタチ ダクター ルテオリン マイムエ はだし ポルテ 百日紅 サイダー ミニカ プリンセス がんばる パーセント あばしり ショート スパル ましけ アジェンダ 氷河便利 シーベル フェイク アフタ フルーテ ドリンク トレンチ

480形 [編集]
480形は、1904年ドイツ・クラウス社製のA8系である。房総鉄道がA8系タンク機の増備用に2両を購入したもので、形式6(8,9)と称した。基本的にはイギリス様式の原設計を踏襲するものの、随所にドイツ流のアレンジが見られる。特に、側水槽の下辺がランボード(歩み板)上辺と離れているのは特徴的である。

房総鉄道国有化後の改番では、480形(480,481)となり、盛岡に転用されたが、1914年に、800形2両とともに芸備鉄道(現在の芸備線)の2400形3両と交換で同社に移った。1937年に芸備鉄道が国有化され再び国有鉄道籍となったが、481は1939年に宇部鉄道(現在の宇部線)へ、480は1942年に船木鉄道に払下げられた。宇部鉄道の481は、1943年に同社が戦時買収されたのにともない、三度国有鉄道籍となったが、直後に廃車された。

2009年03月09日

オリュンポス神の台頭と勝利

ゼウスが成年に達すると、彼は父親クロノスに叛旗を翻し、まずクロノスに薬を飲ませ、彼が飲み込んでいたゼウスの姉や兄たちを吐き出させた。クロノスは、ヘスティアー、デーメーテール、ヘーラーの三女神、そして次にプルートーン(ハーデース)とポセイドーン、そしてゼウスの身代わりの石を飲み込んでいたので、順序を逆にしてこれらの石と神々を吐き出した。

ゼウスたち兄弟姉妹は力を合わせてクロノスとその兄弟姉妹たち、すなわちティーターンの一族と戦争を行った。これをティーターノマキアー(ティーターンの戦争)と呼ぶ。彼らはティーターネスに勝利し、ティーターン族をタルタロスに幽閉し、百腕巨人(ヘカトンケイレス)を番人とした。こうして勝利したゼウスたちは互いに籤を引き、その結果、ゼウスは天空を、ポセイドーンは海洋を、ハーデースは冥府をその支配領域として得た[39]。

しかしゲー(ガイア)はティーターンをゼウスたちが幽閉したことに怒り、ウーラノス(天空)と交わり、ギガース(巨人)たちを生み出した。ギガースたち(ギガンテス)は巨大な体と獰猛な気象を備え、彼らは大挙してゼウスたちの一族に戦いを挑んだ。ゼウスたちは苦戦するが、シシリー島をギガースの上に投げおろすなど、激しい争いの末にこれを打破した。これらの戦いをギガントマキアー(巨人の戦争)と呼称する。しかし、ゲーはなお諦めず、更に怒ってタルタロスと交わり、怪物テューポーンを生み出した。テューポーンは一時、ゼウスを捕虜にするなど、圧倒的な強さを誇ったが、オリュンポス神族の連携によって遂に敗北し滅ぼされた[40]。

かくして、ゼウスの王権はここに確立した。

神話3:オリュンポスの世界
神々は、ホメーロスがうたっているところでは、オリュンポスの高山に宮敷居まし、山頂の宮殿にあって、絶えることのない饗宴で日々を過ごしているとされる。神々は常磐に居ます、すなわち不死で、神食(アンブロシア)を食べ、神酒(ネクタル)を飲んでいるとされる[41]。

十二の神々
ゼウスの王権の元、世界の秩序の一部をそれぞれ管掌するこれらの神々は、オリュンポスの神々とも呼ばれ、その主要な神は古くから「十二の神」(オリュンポス十二神)として人々に把握されていた。十二の神は二つの世代に分かれ、クロノスとレアーの息子・娘に当たる第一世代の神々と、ゼウスの息子・娘に当たる第二世代の神々がいる。

時代と地方、伝承によって、幾分かの違いがあるが、主要な十二の神は、第一世代の神は、秩序(コスモス)の象徴でもある神々の父 1)ゼウス、2)ヘーラー女神、3)ポセイドーン、4)デーメーテール女神、5)ヘスティアー女神の5柱に、第二世代の神として、6)アポローン、7)アレース、8)ヘルメース、9)ヘーパイストス、10)アテーナー女神、11)アプロディーテー女神、12)アルテミス女神の7柱である。また、ときとしてヘスティアーの代わりに、ディオニューソスが十二神に入る。ハーデースとその后ペルセポネーは、地下(クトニオス)の神とされ、オリュンポスの神ではないが、主要な神として、十二神のなかに数えることがある。

それぞれの神は、崇拝の根拠地を持つのが普通で、また神々の習合が起こっているとき、広範囲な地方の神々を取り込んだ神は、数多くの崇拝の根拠地を持つことにもなる。アテーナイのパルテノン神殿小壁には、十二の神の彫像が刻まれているが、この十二神は、上記の一覧と一致している(ディオニューソスが十二神に入っている)。
コレオ おいで リトリート 宵待草 バック レポーター デトネー ペラル なよろ ラファエロ タムシバ レーション かぜのよ フリンダ トーイン シナリオ セミコン ブザム サイド ノータ ノール フラット パワフ フリゲート ソナチネ ますか かでん ローデ あかだい ハーレム エーション バレリーナ ネオン テレビ クロミッ キウイ ワラチ 水色の 遠き旅路 グラス フロート ハバロ もろあう マアア キャパ ホマホ スコア バンビダ ワジナビ セゾン

オリュンポスの神々
1 オリュンポスを代表する十二の神と地下の神ハーデース等以外にも、オリュンポスの世界には様々な神々が存在する。彼らはオリュンポスの十二神や他の有力な神が、エロースの力によって互いに交わることによって生まれた神である。また、広義のティーターンの一族に属する者も、オリュンポスの一員として神々の席の一端を占め、重要な役割を担っている。

神々のあいだの婚姻あるいは交わりによって生まれた神には次のような者がいる。

2009年02月22日

フロギストン説

フロギストン説 (phlogiston theory) とは、「燃焼」はフロギストン(燃素、ねんそ)という物質の放出の過程であるという科学史上のひとつの考え方。「燃素説」とも呼ばれる。この説そのものは決して非科学的ではないが、後に、より現象を有効に説明する酸素説が提唱されたことで、忘れ去られていった。
ルーズ リング このゆび セラピー マンタ ドッグフ リルック プッシュ ファンド 水晶パート キバナ ピラフ 時の雫 ドリブル トポス ミキシング ちょぼく ラリアン ブログ タティック リューマチ アーミン ラクターゼ ヨットレ ロケア ファイユ ラケット きつおん タービン マドン アルカイ ナビタラワ ブレザー ブルジ オルグゴン トラン ナビロト スキルア クロニ スタン オーバ リスク ドック サイト スティッ きくま パシフ チルバ カツ上 カウボーイ

1669年、ドイツ人科学者のベッヒャー (Becher, Johann Yoachim, 1635-82) が、物質には「燃える土」という元素が存在すると提唱した。これはあらゆる可燃性物質の中に含まれ、燃焼はこれが他の物質と分離する現象であると説明される。ものを燃やすと煙が出ることからこの仮説が生まれた、と思われる。 1703年、ドイツの医師ゲオルグ・エルンスト・シュタール (Stahl, Georg Ernst, 1660-1734) はベッヒャーの説を受けて、「油性の土」にギリシャ語で「火をつける」という意味を持つ「フロギストン phlogiston(燃素)」という名称を与えた。燃えやすい物質ほどフロギストン濃度が高いと解釈される。彼の著作『化学の基礎』(1697年)では、このフロギストン説に関する理論が展開されている。また、生命現象もフロギストンが関わっており、フロギストンの少ない空気ほどネズミが長命なことから、「脱フロギストン空気」は「良好な空気」と見なされた(現在の科学の知見では、これこそ酸素の濃い空気であり、むろん、酸素が濃ければ健康にもよい。ただし濃すぎると酸素中毒になる)。

ジョセフ・プリーストリーが水銀灰を使った実験で酸素を発見し(厳密には、プリーストリー本人は脱フロギストン空気を集めたと思っていた)、アントワーヌ・ラヴォアジエが密閉容器での酸化によって質量保存の法則を定式化するに至って、フロギストン説は棄却され、カロリック説に移行した。なにものかが放出されるなら、燃えた後のものの質量は減少するはずだが、実際には酸化によって酸素の質量が加えられ、重くなっているため、フロギストン説は淘汰されざるをえなかったのである。

現代では忘れ去られたに近い説だが、一部のSF作品ではガジェットのひとつとして登場することがある。

なお、フロギストン説が棄却される際、あくまでもフロギストン説を守り通したい科学者は、ラヴォアジエの実験に対し、「フロギストンには負の質量がある」とアドホックな修正を加えた。むろん、負の質量を検出することは不可能であり、この修正はフロギストン説の持っていた反証可能性を奪ってナンセンスにしてしまった。また、観察の理論負荷性を主張する科学哲学研究者にとって、「良好な空気」をフロギストンと見るか酸素と見るかは観察の理論負荷性の代表的な事例である、と見なされる。

2009年02月05日

餓狼伝説2

1992年12月10日登場。100メガショック第2弾として登場。操作も1レバー+4ボタンとなり、4つのボタンはパンチ/キックの強弱という形となった。前作にも存在したが任意に利用できなかった2ラインシステムが進化し、自ら別ラインに移動したり(弱攻撃ボタン同時押し)別ラインに相手を吹き飛ばしたり(強攻撃ボタン同時押し)することが出来るようになった。また、体力が一定値を下回っている時のみ使用可能で絶大な威力を持つ「超必殺技」がシリーズ初導入された。キャラクターイラストは白井影二が担当した。
オーナー スキャン マカダミ プレリ トリニダード ジャタン ミヤコサ コビット ラトビア ギナー サイプ シャッフル ネイル ガイア コナ最適 ネバダ ナビミュ 猫物語 たてにしき オート セネガ フローズン スーパ 秋のメルヘン ゼルオー ハルツーム はっく ハードル イタリック サクセス シャーク シート ハイオ キッチュ ロール シアーズ アカマ ジルバ サーズ リバー テーマ ディアム クッパ ねこふん ノーモア フェーズ プレイ さかい ファイ ビタミン

前作にもあったボーナスステージでは4ステージごとに入っており、1回目は土管、2回目は石柱を制限時間内に次々壊せばボーナスポイントが入る。

登場キャラクター
テリー・ボガード[Terry Bogard](声:橋本さとし)
ギースに暗殺されたジェフ・ボガードの息子。ストーリーでは趣味のビデオゲームで『龍虎の拳』をプレイしていたりする。エンディング画面では、パオパオカフェでホットドッグを食べるシーンが描かれているが、当時ゲーメスト誌にて連載中だったコミック『餓狼伝説』(作・LEO ADVER)に登場するオリジナルキャラ「メディア」が登場している。ちなみに『SPECIAL』では同じシーンながらメディアが別の女性に変えられている。
アンディ・ボガード[Andy Bogard](声:橋本潤(現・橋本じゅん))
テリーの弟で骨法の達人。師は舞の祖父・不知火半蔵。
ジョー・ヒガシ[Joe Higashi](声:生瀬勝久)
「嵐を呼ぶ男」の異名をもつムエタイチャンプ。日本式に名前を書けば「東丈」。
ビッグ・ベア[Big Bear](声:竹田団吾)
巨大な体格のプロレスラー。前作では「ライデン」で登場したが改心してマスクを脱いだ。
チン・シンザン[Cheng Sinzan](声:橋本潤(現・橋本じゅん))
香港でもトップクラスの財力を持つ大金持ちの太極拳使い。実はタン・フー・ルーの弟子だったのだが、破門されている。ストーリー内でロバート・ガルシアらしき実業家と接待ゴルフをしている。モデルは「空手バカ一代」に登場する太極拳使い「林錬山」。
不知火舞[Mai Shiranui](声:曽木康代(現・曽木亜古弥))
不知火流忍術を駆使して戦う巨乳のくノ一。アンディがお気に入り(初めはいけ好かなかったらしい)。
キム・カッファン[Kim Kaphwan](声:橋本さとし)
悪を許さないテコンドー師範。名前は実在する韓国企業であり、ネオジオのサードパーティとしてソフト販売もしていたビッコムの社長の名前からとられている。
山田十平衛[Jubei Yamada](声:竹田団吾)
若い頃に鬼と怖れられた柔道の達人だが相当なスケベ。

ボスキャラクター
ビリー・カーン[Billy Kane](声:生瀬勝久)
三闘士の一人。元ギースの側近で棒術の達人。棍棒を三節棍に持ち替えた事により、棒を無くして攻撃不能になる事はなくなった。
ちなみによく誤解されがちだが、「ギースの命令でクラウザーの下で働いている」という設定はアニメ版『餓狼伝説2』を基に『餓狼伝説スペシャル』で付けられた設定であり、『餓狼2』発表当時はギースは本当に死んでいるという設定だった。
アクセル・ホーク[Axel Hawk](声:マイケル・ビアード)
三闘士の一人。ボクシングの元ヘビー級チャンピオン。その後、前作に登場したマイケル・マックスをトレーナーに現役復帰を目指している。『餓狼伝説スペシャル』とは飛び道具技が違う。
ローレンス・ブラッド[Laurence Blood](声:生瀬勝久)
三闘士の一人。素手で闘牛を殺すことの出来る凄腕の闘牛士。ジョーと同じ声優が担当しているからか、攻撃を喰らった時の声(「うぉっ!」と叫ぶ)がジョーと同じである。
ヴォルフガング・クラウザー[Wolfgang Krauser](声:マイケル・ビアード)
シュトロハイム城の城主。裏の世界では闇の帝王と呼ばれて怖れられており、表社会への進出の為にKOF開催を企てる。当時の設定では「ギースが最も恐れていた男」として描かれているが、続編の『餓狼伝説スペシャル』ではアニメ版の設定を導入して「クラウザーはギースの異母弟」という設定になった。
本作の最終ボス。ステージBGMにはモーツァルトのレクイエム(怒りの日)が使用され、ゲームを盛り立てている。

移植作品
ネオジオ版
SNK 1993年3月5日発売 28000円 (106メガビット)
アーケードと基板の仕様は全く一緒なのでゲーム内容の違いは一切無い。ROMカートリッジを使用しているので、読み込み時間などもなく、アーケード版と全く違わぬ出来である。クレジットのシステムやオプション等の細かな違い以外は全く同じ。
スーパーファミコン版
タカラ 1993年11月26日発売 9980円 (25メガビット)
全体的な画面の雰囲気等は再現しているが、キャラクターの技のモーション動作などがかなり異なるため操作感はネオジオ版とだいぶ違っている。BGM面やボイス、SEも全体的に音が籠っており容量不足を感じさせる。グラフィックの移植度は比較的良好ではあるものの、その分キャラクターの等身がアーケードやネオジオ版に比べかなり小さくなっている。難易度は前作とは対照的にネオジオ版に忠実になっている。タイトルデモは容量の問題で無し。隠しコマンド(『TAKARA』ロゴ表示中に、「B、A、X、Y、上、左、下、右、L、R」と入力し、「OK」という声がしたら成功。)でビリー、アクセル、ローレンス、クラウザーを使用できるが、技の種類やコマンドはスペシャルと多少異なっており、超必殺技もない。
X68000版
魔法 1993年12月23日発売 9800円
かなりアーケード版に近い出来ではあるが、再生メディアがフロッピーディスクでの供給だったので、ほとんど1ステージごとにディスクを入れ替える作業が必要とされ、読み込み時間も異常に長くかなり面倒な仕様だった。ハードディスクにインストールすることで回避可能。4ボタンの専用ジョイパッドが同梱されていたが、電波新聞社のチェルノブアダプタを使用すればメガドライブ用6ボタンパッドが使用可能。2ボタンパッドでもプレイ可能で、その場合は攻撃の強弱をボタンを押している長さで変えることができる。MIDI音源に対応しており、機器があればより豪華なサウンドでプレイ可能。
PCエンジン版
ハドソン 1994年3月12日発売 6900円
「アーケードカード」専用CD-ROM?ソフト第一弾。SNKとハドソンが技術提携し、ネオジオCDでCD-ROMソフト供給を計画していたSNKへのCD-ROMソフト製作のノウハウと交換する形で、SNKから本作の内部データ供与を受けて移植されたため、キャラクターのサイズやパターン、アルゴリズムなどをほぼ再現しており移植度は非常に高い。本機は拡大縮小機能がないため、手前ライン用と奥ライン用の二種類のサイズで全てのキャラパターンを用意することでライン移動時の縮小を再現している。またオープニングデモやクラウザーステージのスクロール演出なども再現している。ただしロード時間で(キャラクター選択後に地球が回転するシーンの裏で読み込みを行うなど工夫しているが)若干待たされる。BGMは基本的にCD-DAによる生音だが、全体的に軽めにアレンジされており賛否が分かれた。また上述したようにロードで裏読みを行う場面ではCD-DAが使えないため、読み込み中のシーンで流れるBGM、そしてゲーム中のSEは内蔵音源を使用しており、その内蔵音源部分の音は貧弱だった。
メガドライブ版
タカラ 1994年6月24日発売 9800円 (20メガビット)
携帯マシンを除けば一番の最後発ということで、大胆なアレンジがなされている。餓狼伝説スペシャルを先取りしてか連続技が成立する構造になっていたり、技の当たり判定の回数の増加、ライン移動の高速化などがされているが、バランス調整は成されていない為、あまり対戦向きではないと言えよう(ただし裏技のディップスイッチで当たり判定の制限などを変更することもでき、ユーザーの中にはオリジナルとはかけ離れた別物の格闘ゲームと割り切って楽しむ者もいた)。タイトルデモは英語表記とオリジナルの映像を使った独自のデモになっている。またゲーム画面は、画面上部を黒くカットした黒帯部分に体力ゲージとキャラクター名が表示される(スコアは存在せず)など、大胆な画面構成の変更が行われている。キャラクターに関しても、ボイスの使い回しや必殺技のパターンを流用した勝利ポーズなどの大幅な変更点が見られる。ただし上述した体力ゲージの位置変更で表示性能の消費を抑えた分、キャラクターのサイズはスーパーファミコン版よりも若干大きいものとなっている。しかし全体的にグラフィックの色数やボイスの音質などのクオリティは低い。
ゲームボーイ版
タカラ 1994年7月29日発売 4660円
タイトルは「熱闘餓狼伝説2」。ゲームボーイの性能に合わせてキャラが二頭身にアレンジされてはいるが、キャラは全て登場している為それなりに頑張って作られてはいる。
ネオジオCD版
SNK 1994年9月9日発売 6800円
基本的にアーケードとほとんど同じ内容だが、BGMがCD-DAによる生音源である。ソフトの定価がROMカートリッジ版に比べて非常に安い。その代わり読み込み時間が異常に長い。
プレイステーション2版
SNKプレイモア 2006年7月20日発売 5040円
NEOGEO オンラインコレクションの第5弾「餓狼伝説 バトルアーカイブズ1」の収録タイトルの一つとして発売/移植。PS2版特有の追加要素を除き、ネオジオ版・アーケード版のほぼ完全な移植となっている。「DVD-ROM」というディスクメディアではあるが、一度タイトルを選択するとBGM以外のデータを全て一括で読み込むため、ゲーム開始後はロード時間で待たされることはなく、快適にプレイできる(BGMはDVD-ROM内から再生)。

2009年01月21日

信者(しんじゃ)

信者(しんじゃ)

特定の宗教を信仰する者。別に信徒(しんと)、「?教徒」とも言う。
上記より転じて、特定の個人や団体や主義や製品などに夢中になっている者。
実際に信仰している者を指すことが多いが、宗教的な組織の名簿に形式上名前が掲載されているだけの人まで指すこともあり、境界がはっきりしないことも多い。本来の意味での「信者」は一般的に肯定的な意味で用いられている。

各宗教において、人が信者と認知されるステップ
以下に代表的な宗教(世界宗教、信者数が多いもの)での例を挙げる[2]。
パンチ ナビスパ キログラム ユーロ 風花 スマート ラビット リュクス リバー ナビピ スタチオ パラダイス 朝の山道 タイム すいば レバー クニカル ハイレ アーマー マレーシア まーこ ビフテキ 生かす マラケ 自然薯 ボック プラチナ ライフプ オマーン ドーハ 道しるべ オーガ うみわに ミーズ あかちゃ トロンボ 逢坂の関 スポッ シティ ミックス ドマーク ジニーメイ スプレッド はっさく フリート フォトン ブレード シアトー タイム ハウス

キリスト教
カトリック
カトリックにおいては洗礼を受けた、ということをもってして信者になったとされる。カトリックでは、幼児洗礼の制度があり、赤ちゃんのうちに洗礼を受けて、それによって信者として認知されるので、カトリック国の人々の大半は、"ある段階で信者になった"というような意識は持っていないことが多い。 一方、大人になってから信者になった人は、信者になったという意識の変化と洗礼の体験が分かち難く結びついている。

イスラム
イスラム教では、親の片方がイスラム教徒ならば、その子は自動的にイスラム教徒として認知される。イスラム国の一般的な人々のためには、信者となったことをはっきりさせるための特別な儀式は存在していない。では、もともとイスラム教徒でなかった人がイスラムの信者として認知されるためにはどうしたらよいかというと、イスラム教の指導者であるイマームの前で「アッラーのほかに神はない、ムハンマドはアッラーの使徒である」と唱えれば、それをもってしてイスラムの信者として認知されることになる。イスラム法やシャーリアでは、イスラム教徒になるための規定や必要事項などは特に定められておらず、結局は本人が上記の宣言において唱えたような意識を持ち、自身がイスラム教徒だとの自覚を持ちさえすれば、信者になれるということであり、障壁らしい障壁もなく、比較的簡単である。

仏教
仏教の事例でも、特に日本での実際や名称について説明すると以下のようになる。

一般の信者(在家)
特に定まっていない。若干の例外はあるものの、大半の信者は、元々檀家であるというだけでも、特に儀式にも参加しなくとも、仏教の信者と認知されている[3]。

出家者
「得度」という儀式がある。僧侶としての戒めである戒律を授けられ、剃髪を行う。この時、僧侶としての名前である戒名あるいは法名を与えられる。

比喩的な意味での「信者」
熱狂的なファンであることから、単に多少入れ込んでいる程度の者のことまで指すこともある。

「彼女はビートルズ信者だ」「彼はUnixの信者だ」のように用いられる。

懐疑主義者(信じることは悪いことだと信じている人)で「信じる」という言葉を聞いて機械的に悪い意味を連想する人にようになっている人の場合は、「信者」という言葉を強い否定的な意味で使うこともある。

「彼は科学主義(科学崇拝)の信者だ[4]」のように用いられる。この表現では、"彼は科学をその実態以上に評価しすぎている" あるいは "彼は自然科学を盲信している" というような意味になる。

関連項目
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出典・脚注
^ 例えば、全世界で20億人を超えるキリスト教徒のあいだでは、キリスト教の「信者」(クリスチャン)と言えば、同じ確固たる価値観を共有している人、ということになり、(たとえ人が誰も見ていない状況でも)その行動が信用できる人、というようなニュアンスが伴い、非常に肯定的な意味で用いられている。 イタリアなどのキリスト教国で、あえて「彼はどこの宗教の信者でもない」などと表現している時は、それは"彼は価値観や道徳観も定まっていない人だ" 、さらには"状況次第では衝動・私利私欲・物欲などに駆られて犯罪行為もやりかねないアブナイ人だ" 、というニュアンスが伴っていることが多い。
^ 出典:島田裕巳『宗教常識の嘘』朝日新聞社 p.81-86
^ 例外としては、浄土真宗では、門徒(在家信徒)に対して「帰敬式(〈おかみそり〉とも)」の受式運動を推進していて、法名を授かる事を推奨されている。
^ an adherent of scientism(用例の出典:プログレッシブ和英中辞典)